1. 『バックパッキング入門』のころ(1978〜1981)

カタカナ連発でKO
 当方、趣味ごとはなんでも活字より入ります。なにかに興味を持ったところで、まずはその分野の本・雑誌などを読むわけですね。実際にやりたくなった時点で、初めて道具を揃えるなりする。日本人に多いタイプです。当然、書物を読んだだけで気が済むということもあるし、たまたま気に入った本の趣向によって、その分野での方向性が決められたりもします。
 中学生になった頃、ブームだったアウトドアとやらが気になり、いつものように近所の図書館で関連本を読みました。入門書からヒマラヤ遠征モノまで。その中の1冊『バックパッキング入門』の、ギア紹介しまくり&意味不明カタカナ連発の世界に、一発KOされた次第。思春期の子供は、自分がイマイチ理解できなかったり、想定外の展開を見せる物には、無条件に憧れたりするものですから。
 当時自分は、年相応にルアーでのライギョ釣りに入れ込んでいましたが、この本を読んでどうにもフライがやりたくなりました。なにしろ『バック…』の中でもフライの解説部分は、さらに意味不明カタカナ満載でしたから。この本、図書館から複数回借りた後、本屋で取り寄せ購入、さらに何度も読んでみたのですが、やっぱり意味不明箇所だらけでした。しかし分からないなりにも前後文章や豊富な写真から意味を補完するうち、やがては脳内に典型初心者向けの妄想が醸造されます。…バックパックを背負って原野を歩きつつ、気に入った川の畔でフライを楽しみ、日没後には河原でコーヒーなんかも煎れちゃう…、みたいな。
 それでも中学生時代は本を読んで夢想するだけしかできませんでしたが、高校入学時もバックパッキング&フライやりたい熱は冷めないままでしたので、迷わず山岳部に所属しました。憧れだったテント泊もできそうだし、渓流魚のいる山の方(?)にも行けそうで、『バック…』の世界がいよいよ現実化するかと思われました。

カッコワルイし、美味しいしでガックリ

 ところがこの部、高校山岳部にしてはかなり本格的で、一般運動部並にハードな練習を部員に課しており、基礎運動→ロードワーク8Km→高負荷運動…というように毎日持久力・筋力の鍛練を重ねます。部員は例年、校内マラソン大会の上位を陸上部などと競う、という具合。ま、運動は好きでしたからコレはいいとして、当方にとっての本質的な問題はちょっと違うところにありました。
 1年生部員はまず、キスリングと呼ばれる分厚い帆布で作られたズタ袋状ザックを与えられます。これがカッコワルイ。食事も、『バック…』中にさんざんマズイ・不味いと書かれているフリーズドライ・フードを食べて現代的アウトドアマンを気取りたいのに、大型鍋で豚汁や炊き込みご飯などを作るので、正直メッチャ美味い。本で読んだクールな世界とはずいぶん違います。フライフィッシングに至っては、山岳部では本来として山の登頂を目指すので、渓流魚のいる谷筋はいつも素通り。それでなくても働きアリ的存在の1年生に、空いている時間なんか無いのですが。
 ザックの話に戻りますが、新入生は入部当初、備品のキスリングを使用し、それぞれバイトなどでお金ができた段階で、アタックザックと呼ばれる近代的な細身ザックを買うのが通例。しかし当方は『バック…』に先鞭を付けられているため、先輩方の反対を押し切ってパックフレームを購入。結果、藪こぎ時に枝がフレームに引っかかって全体の進行を妨げたり、ひどいときにはそれでバランスを崩して滑落しそうにもなりました。パックフレームは日本の山岳域に向かないんですね。
 ボトムスも、ニッカーボッカと呼ばれるウール製膝下ズボンを使うのが普通でしたが、それじゃいかにも山屋って感じなので、一人でジーンズを着用。コットン生地なので、汗や降雨などで濡れると動きにくい。濡れると最高に冷える。でもパックフレーム+ジーンズを止めたらただの山登りになってしまうと考え、これを通しました。

ローインパクト遂行
 『バック…』は「ロー・インパクト」という概念を初めて僕にもたらした本でもありました。もちろん山岳部でも基本マナーとして同じ意識がありましたが、『バック…』愛読者(?)として、自分はさらに率先してロー・インパクトを推し進めます。たとえばテント場が草むらだった場合、そこにテントを設営すれば当然その部分は草が倒れます。そこで翌朝テント撤収後に、指で草を丹念に起こす、という具合に。山岳部の仲間には大いにバカにされましたが、何しろコッチは現代バックパッカーの信条「ロー・インパクト」遂行中であり、そんなの馬耳東風、まったく気にもなりませんでした。
 ついでにさらなるバカっぷりを晒せば、当時もてはやされていたシェラ・カップ。アメリカでは「実用にもなる意匠品」という感じで流通していたらしいのですが、日本では、食器&調理具&熊よけ鈴代用(?)&土掘りシャベル代用(??)…、これぞ万能マスト・アイテム(必携品をこう呼んだ)、とムック本などで紹介されていました。活字になっていることはすべて正しいと信じていた当方は、水を飲むときはもちろん、食事など、できる限りシェラ・カップを用いたことは言うまでもありません。形状からも分かる通り、コレはどんな用途でも使いにくい。ある日家で目玉焼きを作ってみましたが、加熱しているうちに取っ手が熱くなってしまったので、濡れタオルで持ちつつムリヤリ使用。見ていた親は苦笑していましたが、当方は得意げだったに違いありません。 

   
以降、続きます






バックパッキングなれそめ記

「バックパッキング入門」
山と渓谷社
1976年3月初版発行

中はこんな具合。
全361ページ、これでもかとばかりにカタカナ&英語が並べられています。
後年の芦沢さんはこの時代の反動でしょうか、つとめてカタカナを避ける文章を書いておられました。